なりたかった大人になれたか?

映

幼いころ通っていた書道教室で、「父の恩は山よりも高く 母の恩は海よりも深し」と書かされた。是枝裕和監督の新作『海よりもまだ深く』というタイトルを聞いて真先に思い浮かべたのがその言葉だったが、実際は『歩いても 歩いても』と同様、歌謡曲(テレサ・テン!)からの引用で、「母の恩」とは直接関係ないようだ。

それにしても、この映画の宣伝に用いられている「元家族」という概念は難しい。登場人物の家庭は死別や独立、離婚によって同居こそしていないものの、なんだかんだで頻繁に顔を合わせ、「家族」という認識のもとで寄りかかり合っている。この関係を、敢えて「元家族」とする理由がイマイチ掴めなかった。

でも、登場人物たちがそれぞれに違う場所を求めながら、思い描く場所になかなか辿り着けない焦りのような諦めのような気持ちは、ジンジン伝わってくる。「なんで男は今を愛せないのか」という母・淑子(樹木希林)の言葉は、作品中で繰り返される「なりたかった大人になれているか」という問いと対をなして、過去と未来に囚われた良多(阿部寛)を揺さぶっていた。

もしかするとこのへんの時間への意識が、「元」という言葉の出所なのかもしれない。今確かに目の前に在るはずなのに、「元」と呼ばなければならない関係性。それは良多にとって、住まい(団地)、そして肩書(作家)までもが、すでに過去の側にあることと重なる。

「ノスタルジー」で収めるには、あまりに残酷な時間からの仕打ち。心に余裕がある時に観ることをオススメしたい。〔K〕

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スタンディングオベーション

舞

蜷川幸雄氏の遺作舞台となった『尺には尺を』、彩の国さいたま芸術劇場で観て来ました。

蜷川氏演出のシェイクスピアは、いつも華やかで、サプライズがあって、でもセリフはズシンと重みがあって、上質なエンターテインメントという印象。今回も、初めから舞台にグイグイ引き込まれました。でも、物語としては積極的な解釈が必要で、流れに身を任せられない感じが。観終えた後にも噛み砕けないものが残って、なんとなくいつもと違うなと。でもそれが、すごく興味深いなと思ったんです。

その後知ったのですが、『尺には尺を』は、セオリーどおり結婚で終わる「喜劇」であると同時に、大団円に収まらず深い問題を浮かび上がらせる「問題劇」とも区分される作品だそう。確かに、結末に描かれる結婚は全然おめでたくないし、遠山の金さん的に活躍する公爵も、結局立派なんだか俗物なんだかわからず。反対に、保守的な悪役アンジェロは、イザベラの貞淑さより雄弁さに惹かれる興味深い人物だったりして。終幕で晴れやかに鳩を放つイザベラの決断についても、「?」のままだったんです。でもそういう類の余韻こそが、舞台に現代的な魅力を与えている気が。戯曲と演出、両方のちからだと思います。

今回、幕が下りた後も、蜷川氏への追悼の意を込めたスタンディングオベーションがやみませんでした。

本当に、たくさんのステキな舞台をありがとうございました。〔K〕

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1コマ1コマの感動

映

来週公開の『サウスポー』、試写で観せていただきました。

正直なところ格闘技系にはあまり興味がなく、ボクシングもボクシングの映画もこれまでほとんど観たことがありません(『キッズ・リターン』くらい?)。そんなわたしにも楽しめるのか、本当に感動できるのか、結構疑問だったのですが、、、結論から言うと、『サウスポー』、かなり面白いです!!

普段、公開前に感想を書く時に一番気になるのは「ネタバレ」ってところだと思いますが、この映画についてはその心配がほとんど必要ありません。広告の文言で、いわゆるあらすじは誰もがほぼ100%把握できてしまいますから。(でも、作品内の試合の観客や実況者にとっては全部「予想外の展開」。当たり前ですが、なんだかちょっと面白かったりして。)それでもハラハラするし、ドキドキするし、ウルウルしてしまう。復讐ではなく希望のためにまっすぐ進んでいく主人公は最高にかっこよかったし、意外に頭脳戦なボクシングそのものにもちょっと興味がわいてきました!

やっぱり映画はお話(あらすじ)だけで楽しむんじゃないんですね。1コマ1コマが、観客を感動させてくれるんですね。なんてことを改めて感じました。〔K〕

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ノクスでもキュリオでも

舞

イキウメ『太陽』@シアタートラム。映画化でも話題のこちらのお芝居、イキウメ自身の再演です。わたしが初めて観たのは故・蜷川幸雄氏の演出『太陽2068』でしたが、豪華なキャストとセット、壮大な物語と繊細な脚本に圧倒されたのを覚えています。「太陽2068」

今回の『太陽』は、『2068』と異なり舞台もいたってシンプル。階段のみを配置した抽象的な空間の中で、昼は赤、夜は青、境界としての緑、と変色しながら世界を切り分ける太陽の光がとてもスタイリッシュでした。万能だけれど夜しか生きられない「ノクス」、脆くもたくましく自然とともに生きる「キュリオ」。相反する特徴を備えながらも人間であることには変わりなく、新型vs旧型、理性vs感情、などと二項では整理できない生々しさがドラマを広げます。

未来なんだか過去なんだか、フィクションなんだかリアルなんだか、わからなくなるようなスコシフシギな世界。想像を膨らませ内省を促す物語を、みなさまもぜひ舞台で!〔K〕

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「家族」のおかしみ

舞

戯曲も映画も話題だったトレイシー・レッツの『8月の家族たち』ですが、わたし自身はまったく知らない、まったく観たことがないというつもりでシアターコクーンに行きました。でも最初の場面、インテリっぽい男性がお酒を飲みながらT.S.エリオットを語り始めた瞬間に、この物語の断片がぶわーっとすごい勢いで次々浮かんできて驚いて。完全に忘れていましたけど、映画を観ていたんですね、わたし。最近の記憶の散らかり具合、結構深刻です。

でも一つ確実なのは、映画よりもこのケラ氏演出の舞台の方が、何倍も面白いということ。病気や介護や結婚などの家族の問題、差別や貧困、就職などの社会的な問題、シリアスな要素が盛りだくさんな中で、自分勝手な登場人物たちが「家族」として括られながら生きている。それぞれとても真剣なのに、と言うか真剣だからこそ、その生きざまからなんとも言えないおかしみがじゅわじゅわ滲み出てくるんです。

だからって、同じように必死に生きる生身の人間を笑ったりしたら、やっぱり不謹慎なんでしょうけれど、、、人生は何があっても面白いと、改めて思えた味わい深い舞台でした。〔K〕

シアターコクーン・オンレパートリー+キューブ 2016 『8月の家族たち August:Osage County』

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