就活とSNSのお話

映

『何者』は、就職活動とSNSをめぐるお話。痛い人になりたくなくて身動きできず、結果的にものすごく痛い人になってしまっていたり、痛い道を選んだ相棒がもう一人の主人公自身(分身)として描かれていたり、些か大仰な音楽の効果もあってか展開はわかりやすかった。また、舞台で演じたり脚本を書いたりする行為と、就活や人間関係における演技的な振る舞いとを重ねた演出も明快。演劇人である三浦大輔監督ならではの見せ方だと思う。

しかし、紹介文言にある「自分が「何者」かを模索している若者たち」については、少しわからなかった。自分で模索しているというよりは、規定してくれる人や場所を探しているという印象。まぁ世間で繰り広げられている就職活動自体がこういうものなので当然と言えば当然なのだろうが、あるあるを超えた「模索」の物語も見てみたかった。原作も、遅ればせながら読んでみようと思う。〔K〕

FullSizeRender (19)


饒舌な身体

舞

コンテンポラリーダンスというものを、あまり観たことがない。なんだか難しそうなイメージがある。でも、話題のPVやCMで振付を担当されている井出茂太氏主催、音楽はASA-CHANG&巡礼と聞いて、イデビアン・クルー『シカク』を観てみたくなった。

劇場は廃校を再利用した「にしすがも創造舎」。舞台には、共用のトイレとリビング、4つの部屋。数cmの仕切りのみで、平面に描いた間取り図のような抽象的な空間なのに、奥のドアの向こうにはリアルな便器が見えて、ちょっとおもしろかった。いわゆるセリフはまったくないのだが、それぞれの身体の動きからルームシェアの様子が浮かび、ひとりひとりの個性まで伝わってくるから不思議だ。しかも、時間が経つにつれて緊張の質が変容し、互いに影響し合っていく関係性の移り変わりまでもが読み取れる。饒舌な身体に圧倒され、その世界にのめり込んでしまった。

見どころはたくさんあったのだと思うが、ダンス鑑賞初心者のわたしが一番興味深く感じたのは、最後に4人がテーブルに腰かけて突然しゃべり出した時、言葉を用いたコミュニケーションがものすごく異様に感じられたこと。全身で踊るよりもずっと日常的な姿であるにもかかわらず、である。それは、役者の1人が見せたブラインドサッカー風の演技に抱いた違和感のようなものの裏返しなのかもしれない。他者の姿や振る舞いが「ふつう」かそうでないかという感覚は、自分の狭い習慣からくる思い込みであることを思い知らされた。ちなみに『シカク』は「四角」ではなく「死角(Blind Spot)」。見る角度によって視野も見え方も変わることを、実感できる舞台だった。〔K〕
イデビアン・クルー『シカク』(フェスティバル/トーキョー)

IMG_3394


信じると生きるの間

舞

マーティン・スコセッシ監督『沈黙』の公開を、今から楽しみにしている。キリスト教系の大学に通っていたころ、遠藤周作の描く「母なる神」は西洋では受け容れられないという話を何度も聞かされた。敬虔なカトリック教徒だというスコセッシ監督が神の「沈黙」と「許し」をどう描くのか、原作ファンとしては気になるところ。映画館で予告を観る度にそんなことを考えていたからか、舞台『るつぼ』を観ている間も、やたらと『沈黙』が思い出された。

『るつぼ』は「魔女狩り」の史実に基づいたアーサー・ミラーの戯曲。少女たちのヒステリックな証言によって「魔女」扱いされた住民たちがある日突然捕えられ、法廷(教会)に求められるまま虚偽の告白をして生きながらえるか、自らの信念(信仰)を貫いて処刑されるかの選択を迫られる。社会が、信仰が、本能が、それぞれに「正しさ」を求めてくる中で、一個人が拠りどころにし得るものは何かという大きな問いを示す作品だ。信じることと生きることの間で懊悩する主人公の姿に『沈黙』と共通するものを感じたのだが、1950年代のアメリカでマッカーシズムへの抵抗とも受け取られたこの戯曲を遠藤周作が描いたら、全く異なる結末になると思う。主人公プロクターのもうひとつの人生を想像してみて、それはそれでいいなぁとひとりで楽しんでしまった。〔K〕

IMG_3382


「人生は、他者だ。」

映

『君の名は。』『SCOOP!』と話題作を観た後、どんな感想を書いたものかと考えているうち新作に気持ちが動いてしまった。小説を読んでから映画化を心待ちにしていた、『永い言い訳』である。

西川美和監督の作品には、ひっそりとしながらも雄弁なモノのカットが多い。登場人物が語らない、語れない部分を、モノが教えてくれる。しかし今作には、そういうシーンは少なかったように思う。登場人物が、自分で語る言葉、語る相手、あるいは語りを必要としない人間関係を持っているからだろうか。「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない」。確かに、幸夫が失ったもの、負ったものは大きかったけれど、作家である彼は言葉を頼りに物語を進めてゆくことができた。

印象に残ったのは、幸夫が書き留めた「人生は、他者だ。」という言葉。突然直面する理不尽な現実、取り返しようのない過去、まったく異なる価値観を持つ他人、図らずも客観的になる自分自身の言葉、運命のように背負わされた名前、、、「人生」の構成要素をほぐしていったら、すべては「他者」に分類されそうだ。それでもやっぱり誰もが「自分の人生」を生きようとするのだから、おもしろいなぁたくましいなぁと改めて思う。〔K〕

FullSizeRender


オロナインH軟膏 さわる知リ100 新作!

 

広

青木二郎がアートディレクションを担当させていただいています。

大塚製薬さんの広告紹介サイトにて、ぜひご覧ください☆

Otsuka ADVIEW SITE

oronain